2009-05-01から1ヶ月間の記事一覧

これまでの日本において、「福祉国家」が存在したことはありません。「福祉国家」とは似て非なる「開発主義国家」であったわけです。「開発主義国家」であった日本では、政府の財政力、行政力は、企業、業界、各種利益団体のところに注がれます。その結果と…

1990年代以降に、税金についての負担の方法は「受益者負担」の考え方が主流になり、「応能負担」への合意は非常に困難になっている。しかしよく言われているように、受益者負担の原則は高速料金の負担のように、あくまで通常よりも高度なサービスを敢えて求…

現在、日本の国民負担率(租税、社会保障負担の合計)は40・1%と、米国の34・5%より高いものの、英独の50%前後などと比べ低水準です。しかし、少子高齢化で、好むと好まざるとにかかわらず、今後、国民負担率は上昇していくでしょう。 (中略) …

最近書いた「小さな福祉国家」についてのまとめ。最近、日本の世論は社会保障の充実を切実にもとめながら、増税よりも行政の規模を縮小して、そこで「浮いたお金」によって財源を捻出するという、「小さな福祉国家」への道を選好している。一般に社会保障の…

そりゃね、もっぱら公務員数の大小だけで「大きな政府」「小さな政府」を測るんなら、「小さな政府」で「大きな福祉」ってのはじゅうぶんありうるよ。だけど、たとえば予算額の大小で「大きな政府」「小さな政府」を測るんなら。「大きな福祉」即「大きな政…

何で日本では「小さな福祉国家」という議論が、さほど精査されることもなく流通しているのだろうか。一つには、1990年代ぐらいまでは企業や家族によるセーフティネットが、それなりに機能していたことがある。終身雇用制度も健在で、団塊世代の給与水準も高…

小さな福祉国家

前回の続きで、税金も上げずに官僚も減らすが医療や介護を充実させるという「小さな福祉国家」は、果たして可能なのかについて簡単に考察。一つには、旧来のように企業と家族のセーフティネットを活用する道である。しかし、いま起っている問題はこれでは対…

メディア上でよく語られる増税反対論には以下の二つがある。第一には、「増税の前に行政の無駄を削るべきだ」と言う反対論である。しかし1990年代のような、素人目にも採算が取れない大規模な公共事業といった、わかりやすい「無駄」の事例は今はさほど目立…

しかし、数人の方が述べていますが、所得に応じて入学金をスライドさせたり、授業料をスライドさせるといった発想はなぜ生まれてくるのでしょうか? そもそも、自らの努力であれ、親が残した物であれ高い所得を得ている人間からたくさんのお金を取ろうという…

河村名古屋市長 給与受け取りを拒否 公約実行 5月18日16時6分配信 毎日新聞 名古屋市の河村たかし市長は18日の定例会見で、同日支払われる予定だった給与の受け取りを拒否したことを明らかにした。市長選では給与を年800万円にする公約を掲げて当選して…

さらに「軍隊の論理」「不安の論理」の続きというかメモ書き。昔の日本型企業社会は、新入社員をまったくの無能力状態から一から手取り足取り訓練し、当の企業を離脱してはもはや生きることが不可能であるような人格をつくりあげて、社員の企業に対する全面…

前回の補足。「軍隊の論理」というのは、人間を一から手取り足取り訓練して、組織のために全身全霊を傾けるような人格に育て上げることを目標とする。簡単に言えば、長年「会社人間」と揶揄されてきたような、「組織を離れたら役立たず」な人間にしていく。…

この10数年ほどの間に、人々を組織化する論理が「軍隊の論理」から「不安の論理」へと転換している。軍隊の論理というのは、ルールを徹底させ、厳しい訓練を施し、組織とそのリーダーに対する忠誠を誓わせるというものであり、少し前までの日本型企業社会は…

社会的な再配分には市場によるものと税金によるものとがあり、再配分と言う点で根本的な違いはない。その中間形態もあるのかもしれないが、とりあえず二つにわけておく。市場による再配分は、一言で言うと「魅力のある者・物」に対して優先的に再配分する原…