アランさんと妻のサラさん(38)は、偽造パスポートでそれぞれ16、17年前に入国した。その後、現在は中学1年生のノリコさん(13)が生まれたが、06年に不法滞在が発覚して、一家の強制退去処分が08年9月に最高裁で確定した。しかし、アランさん一家は、ノリコさんの教育継続などを記者会見などで再三訴え、法相が裁量権を持つ在留特別許可を求め続けている。

 これに対し、ネット上では、子どもを盾に不法行為を認めさせようとするものだなどと、反発の声が続出。渡辺弁護士のブログにも、批判メールが相次ぐ事態になっている。

 2ちゃんねるでも、繰り返し話題に。「自業自得」「何でもかんでも人権持ち出すな」「これを見逃したら、不法滞在はやった者勝ちになる」「なんでフィリピンで暮らす事を不幸だって決め付けてんの?」などと書き込みが殺到している。政治団体やビジネスに利用されているとの批判も多く、渡辺弁護士らが教育支援のため3月9日に設立発表した「のりこ基金」にも矛先が向けられた。

 ノリコさんには罪はないはずだが、直接一家に非難をぶつけたかったのか、そのブログにもコメントが相次いだ。ブログは、ノリコさん名で、「本当はまだ言っちゃいけないんだけど 色々な応援をしてくれるおじさんおばさん達のお陰で私達いち族は日本に居れる事は決まりました」とのコメントを残して、1月14日に閉鎖された。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090312-00000005-jct-soci

この問題に関する処理や司法の判断について特に異論があるわけではないし、またどうこう言う知識もないのだが、気になるのはネット上の世論における「不法滞在だから強制送還は当たり前」的な、妙な「正論」を振りかざす人たちの余裕のなさである。

カルデロン一家がいろいろな違法行為を犯しているとしても、詐欺や強盗殺人のような悪意の明確な犯罪ではなく、その時期も1990年代前半である。それから15年以上日本で生活し、日本社会にも溶け込んで、永住の意思もある。官僚の対応が杓子定規なのは当然だとしても、世論は「そんなに堅苦しく考えなくてもいいのでは」という態度をとっても、充分によさそうなものではないだろうか。人権という大仰な問題でも、また同情心からそう言っているのでもなく、もっとユルく考えても構わないのではないかと言っているのである。ところが驚くべきことに、世論のほうが官僚よりも官僚主義的な態度を強硬に貫こうとしているのである。

これに関しては既存のマスメディアにも大きな責任がある。マスメディアの無条件かつ全面的な同情論は、かえって世論の一家に対する同情の気持ちを著しく失わせている。とくにテレビをそれほど見なくなった若い世代にとってはもはや「既得権力者」でしかないマスコミが、このようなわかりやすい話題で「弱者の味方」の顔をし、権力側と闘っているポーズを示そうとしていることに対して、多くの人は偽善を感じるようになっている。それは当然のことである。

国籍法改正のときにも感じたことだが、そこにあるのは多様性や開放性といったものへの根深い不信感である。「小泉改革」の功罪については評価がわかれるところだが、結果として言えば、厳しい市場競争になるべく巻き込まれないような「安定志向」「内向き志向」を、日本人の間にかえって強めていったように思われる。国民における生活上・精神上の安定と余裕といった問題への考慮を抜きにした「国際化」の推進は、容易に排外主義に転化することを肝に銘じるべきだろう。