安倍晋三が総理大臣に

正確にはまだ「総理大臣」ではないが、安倍晋三の評判がネット上でのあまりにひどさに驚いている。この理由はいまひとつわからないが、小泉政権末期に露呈し始めた「負」の部分をまともにかぶってしまったようだ。

私自身、安倍氏を全く評価していない。期待していないというより心配だ、という点では今までの総理大臣の中で最悪である。それは彼の主張が「右」だからではない。「美しい国」とか内容空疎な薄っぺらなスローガンが多いから、というわけでもない。この2週間ほど自民党総裁候補三人がテレビに出演して議論を戦わせていたが、ほかの二人が私とは意見は違うにしてもいろいろ熟考した跡がそれなりに感じられたのに対して、安倍氏はどんなときでも理路整然とテキパキと議論を展開しようとする。要するにテレビの討論番組向けの口調なのだ。言っていることの筋はそれなりに通っているような気もするのだが、そうした筋を通すことによって国内および国際社会に対していかなる緊張や葛藤が伴うのか、そうした躊躇や苦悩の跡が言葉の中に感じられない。では政策通なのかと言うと、誰もが感じていた通り、討論番組を観ても安倍氏が三人の中で最も劣っていたのは明らかだった。

小泉政権は「破壊」することに邁進し続けることで高い支持率を維持してきた。この「破壊」の後始末という仕事は、ひどく地味だした気分も暗くなる。誰がやっても不人気になるものである。古くなったビルを爆破・解体するシーンは誰もがスカッとするが、一週間たっても瓦礫の山が片付いていないと「まだ片付いてねえのか」と感じてしまうようなものだ。だから本当は、国内政治の目配りが上手で、マスコミの批判にもびくともしないような忍耐力ある老獪な人物に任せるのが一番良い。マスコミ受けが良く、国内政治ではそれほど苦労をせず、方向性自体は小泉首相とほとんど同じである安倍氏のような人物は最悪の選択である。安倍氏は世論の動向に流されやすいから、国内で批判が高まって支持率が急落すると、別の新しい「破壊」できるような対象を探すという道へと踏み出してしまう可能性が高い。

「破壊」の対象となるのはもちろん、安倍氏の中では比較的得意な分野である外交だろう。安倍氏が意図してそれをやるというのではない。彼は祖父の岸信介とは違い、確信犯的にそれをやってのけてしまうほど、肝の据わった悪人(いわば有能な政治家)ではない。結果としてそういう分野で得点を稼げることに気づくことで、そうした方向に流される可能性があるということである。もちろん「強攻」な外交がまずいとは一概には言えないが、安倍氏は「当たり前のことを主張しているだけ」という、相手の反応などを斟酌せず「正論」を言っているつもりの無自覚な「強攻」路線なのでかえって心配なのである。靖国問題でも小泉首相は「主権」「心の問題」で開き直り通し、中国もそれに怒る気がしなくなるという結果になったが、安倍氏は生真面目に「正論」を吐いてしまう可能性がある。開き直りよりも正論のほうがよい感じがするかもしれないが、相手の反応や出方を斟酌しないという意味では同じであり、むしろ正論は慎重に展開しないと相手の面子を潰し、激怒させる危険性もある。正論を小気味よくポンポンと語る安倍氏の語り口を聞いていると、どうも心配にならざるを得ない。

あえて言わせて貰えば「戦後最悪」の総理大臣の誕生であると思う。この予測が当たらないわずかばかりの可能性か、さっさと総選挙で大敗して潰れてしまうあり得ないわけではない可能性か、いずれかの可能性に期待したい。