中国のナショナリズムと反日デモ

この前は従来の議論の批判だったので、今度は原因について。
実証できるようなものではなく、あくまでこういうことじゃないかということを書きます。

(1)歴史観の問題

これを理由に挙げる人は意外に多くないが、やはり中国史ナショナリズムの関係を語る際に、日本が敵役として重要な役割を演じてしまっていることを重視すべきだろう。中国のナショナリズムの歴史は、1895年に康有為が日清戦争下関条約調印拒否の運動を起こしたことからはじまっている。さらに1919年の五四運動は中国では近代史の画期として重要な位置を担っているが、これは日本の二十一か条の要求と山東半島の権益に対する反発によるものである。そして、1930年代以降の抗日戦争は中国共産党がこの戦争を通じて伸張し、党による中国統一を実現していったことは、中国人は官民一体となって共有する神聖不可侵の歴史である。

このように中国におけるナショナリズムの歴史は往々にして「抗日」の歴史である。先にも書いたが中国の「反日」「抗日」は日本という国と民族そのものが嫌いなわけではない。あくまで中国のナショナリズム感情が高まる際に、日本が敵役になりやすいだけなのである。中国の歴史教科書は日本でも販売されているので読むとわかるが、日本はあくまで中国を侵略する抽象的な敵としてしか登場していない。この印知恵、「反日教育じゃない、愛国教育だ」という中国人の弁解も決して間違いではないのである。愛国教育をしようとしたら、必然的に日本が悪役になってしまうからである。日本の行動が中国のナショナリズムを刺激しやすいのは、ある意味仕方がないことなのだ。

(2)新しいメディアの役割

反日愛国」は「人民日報」にような歴史のある大メディアや書籍刊行物、テレビなどではあまり目にすることはない。主に見られるのは、インターネットである。こういうものに接する機会や関心が高いのは都市部の若者(富裕)層であることは容易に想像できるだろうが、反日デモに参加した主要な層がまさにそうだった。細かい統計は知らないが、インターネット人口は既に1億人を超えているといい、その大半は30代半ば以下の若者(富裕)層である。

ではどうしてインターネットがナショナリズムに走らせるのか。これは日本にも少し共通した現象があるのだが、そこでのコミュニケーションに参加する、お互いに見知らぬ人々にとって最もつながりやすい話題が「中国」をめぐるものだからである。インターネットはグローバルなメディアと思われているが、そこでコミュニケーションするには一定の言語や話題の共有を前提にしなければならない。つまり、ナショナリズムを喚起しやすい。

ネットコミュニケーションが日常化している(特に一人っ子の)若者にとって、親族や地域、友人間における関係の重要性は相対的に低下しがちであり、「中国」という大きな公共圏に飛びつきやすい。そうしたコミュニケーションの場でより優越した位置を占めようとすれば、当然ながら「よりよい中国人」であることを自己主張することになる。特にインターネット人口はいま爆発的な伸びを見せており、何をきっかけにネットコミュニケーションに参加したらいいのかわからない多くの「新規参入者」にとって、「中国」に対する「愛国」は最も共有できる近づきやすい話題である。そうすると必然的に、(1)で論じたように日本がどうしてもターゲットになりやすいのである。

(3)大学進学率の高まり

あくまで背景でしかないが、大学進学率の上昇も指摘しておくべきだろう。1989年の天安門事件のころは5%もなかった進学率は、いまは17%に達して学生の「大衆化」が急速に進んでいる。当然ここで起こることは、進学以前に得られるであろう特権的な立場、使命感への期待が、進学後には単なる凡庸な一学生でしか見られないという不満である。自分たちの特権性を回復しようとすれば、何か目立つ行動を起こして他の学生との差異を際立たせることが、一つの方法なのである。また大学進学は、北京や上海などの大学に中国全土からの学生が集まることによって、故郷よりも「中国」への意識がどうしても高まりやすい。聞いた話では、地方でも地元の大学に進む学生はあまり多くないらしい。このように大学進学率の上昇は「中国人」と「愛国」の意識を高めやすい社会状況を作り出している。


他にもいろいろあるのだろうが、いま思いつくのはこれくらいである。国際政治的な背景はそれほど重視していない。靖国問題があろうとなかろうと、多かれ少なかれ似たようなことが起こったのではないかというのが、個人的な意見である。この限りで言えば、反日デモがあくまで国内問題であるという「反中保守」派の主張は正しい。共産党政権は日本の中国批判などは全く意に介しておらず、むしろ政権がコントロールできない国内の民衆的なナショナリズムの盛り上がりに神経をとがらせていることは、副首相の会談ドタキャンでも明らかになった。いまの中国共産党は、反日デモの再発を押さえ込むのに懸命である。

この一週間に読売新聞に「膨張する中国」という記事が連載されていたが、「反日教育」「貧富の格差」「隠れた政権批判」などの俗論に一切与しておらず、読売新聞の記事のレベルの高さを感じさせた。ぜひ一読をオススメする。